2008/03/02

GOTHとは何か⑤~マリリン・マンソンの憂鬱



しばらくやっていなかったGOTH特集ですが、
少し書き忘れていたこともあり、ここら辺でもう一度復活させようかと。

ゴシック・ロックは1980年代初期にイギリスで全盛期を迎えましたが、
あっとういまに衰退し、80年代後半にはほとんどイギリスでは見られなくなりました。

しかし、1990年半ばにはいってGOTHはふたたび復活します。
イギリスではなく、アメリカにおいて。
1980年代半ばから90年代初頭にかけて、
イギリスにおいて衰退したgoth文化は、アメリカへと渡り
そこでふたたび全盛期を迎えます。
マリリン・マンソンの登場です。

もちろんマリマンはいきなり登場したわけではありません。
そこにはいくつか萌芽があります。
NINのデヴューやスマパンのゴス文化への傾倒、
そして、the cureのアメリカ本国での成功と
ティム・バートン監督の『シザーハンズ』の上映など
ゴシック文化が花開く要素はさまざまに存在しました。
そして、そうした要素をすべて吸収し、
独自の解釈で、アメリカでgothを根付かせたのは
マリリン・マンソンだと思うのです。

マリリン・マンソンはひじょうに厳格な家庭に育ったようです。
カトリックの学校に通っていたというから、
ひじょうに宗教的な家庭環境で育ったのでしょう。
しかし、幼い頃の彼にとってはそれは抑圧でしかなかったようです。
カトリック系の学校に行くようになってからは
カトリックの教義が欺瞞にしか感じられなくなった。
その辺りからカトリックを初めとするキリスト教全体に憎悪を抱くようになります。
これはひじょうに重要です。

アメリカにおいてキリスト教、特にプロテスタントの教義というのは
今でも強い影響力を持っています。
あの合理的なアメリカ人が、まだ宗教を信じているの?
と驚かれる方も多いと思いますが、
アメリカ人の4割は進化論を信じていないというように、
ひじょうに信心の熱い人が多いのです。
教会に行く人口もヨーロッパよりも多いです。
あのブッシュ大統領ですら聖書を信じているし、
また牧師の力も強いです。選挙の票を動かすほどの影響力を持っています。
ブッシュが当選したその裏側には、
プロテスタント系の教会の強い後押しがあったからといわれています。
しかし、別な見方をすれば、それだけ宗教の抑圧が強いともいえます。

そして、その教義への抑圧は、さまざまな若者、
またはアメリカ人自身の価値観をも支配しています。
アメリカ人というのは、実はあまり知識人を信じない傾向にあります。
逆に、知識を持ちすぎると『気取ったヒト』と見られ、あまり好かれません。
むしろあまり知識はないが、善良なヒトのほうが好まれます。
『フォレスト・ガンプ』の世界を思い浮かべていただければ分かるかと思います。
そのため、知識=芸術・文学に精通するヒトというのは『根暗なヒト』とみなされ、
逆に、知識はないけれども、健康的なヒト
(つまり、ハリウッドの学園映画に登場するアメフトをやってる金髪碧眼のマッチョ)
=『いいヒト』または『素朴だが、善良なヒト』とみなされやすい傾向にあります。
これを難しい言葉で「WASP的マチズモ」といいます。
要するに、頭はなくても健康的(=マッチョ)であれば
そちらのほうがより好まれるという風潮です。
これはアメリカ人の大部分の主要な価値観、
つまり「常識」としてまかり通っています(かなり乱暴な定義ですが)。

これに激しく噛み付いたのが、マリマンを初めとするGOTHなのです。
ゴス、ここでは黒装束をまとう人を意味するのですが、
彼らが黒のアイライナーを引き、黒い衣装を着るというのは、
単なるおしゃれやスタイルとしてではありません。
そこにはプロテスタンティズムを根底とする
WASP的マチズモに対する強い反発と強烈なアンチ・テーゼが潜んでいるのです。
いわゆる一つの主義として、そのような格好をするといったほうがいいでしょう。

マリリン・マンソンもまさにその延長上として登場しました。
彼は自らをアンチ・キリストにふんすることで、
アメリカ人が「良識」と考えている「価値観」に疑問を提示し、
その「価値観」が必ずしも正当ではないということを
暴露しようとしている。

↑のPVは、彼の主義をもっとも分かりやすい形で表していると思います。
ハリウッド映画が好きな人なら、
このPVがパロディとなっていることが分かるかと思いますが、
WASPと書いたチアガールが登場するように、
プロム・パーティーでのwaspたちの乱痴気騒ぎを
マリマンは、皮肉たっぷりに表現している。
自らをヒップ・ホップ・スターに扮し、
ゴスな女の子達とプールで戯れる姿は、
映画でもよく見られる光景ではないでしょうか。

このマリマンの強烈なヴィジュアルと扇情的な歌詞は、
学校内で疎外されている多くの若者達の心をとらえました。
しかし、マリマンは同時にキリスト教団体の激しい抗議運動にもあいました。
例の『コロンバイン事件』でのマリマンの歌が彼らの悪影響を与えたという批判は
もっとも典型的な批判の一つでしょう。

しかし、gothはアメリカで衰退することはありませんでした。
2000年代に入って新たな形で広まっています。
一つはevanessenceに代表されるゴス・メタルの興隆
もう一つは、emoムーブメントとして。
wasp的価値観の強烈なアンチ・テーゼとしてのgothは
アメリカではまだまだ需要があるようです。